誰かが言っていたのですが、
「特別なことを教える先生ではなくて、心に残らない先生になりなさい」という言葉を最近耳にしました。
ダンスの先生という意味ではないので、ちょっと僕たちには当てはまらないかもしれませんが、例えば人に会ったら挨拶をするとか、学校でチャイムが鳴ったら着席するとか、そいういう当たり前のことはだれに教わったか覚えていないものだと思います。
当たり前のことが当たり前にできると言うのは実は、誰かが教えているから出来る事なんですね。
心に残らないように教育するというのはすごく理想的だなと思いました。
僕たちは教育やしつけだけではなく、言葉も日々の中で覚えていきますが、いつその言葉を覚えたかを覚えている言葉というのがいくつかあります。
例えば「オール(all)」という言葉、子供のころに海に行ったときに、自動販売機に「オール百円」と書いてあって、そのときボートなどについている漕ぐためのオールの事かと思って親に意味を尋ねて全部という意味だと知りました。
また、「バイ(by)」という言葉。
小学生の頃、友達とメッセージか何かを書いていて、僕がペンを持って友達の言葉を紙に書いていたのですが、その時友達が最後に「by〇〇」と書いてくれと言って、その時僕はその言葉を知らなく、ひらがなで「ばい」と書いて、友達に、何でひらがなで書くんだよと言われたのです。
僕はその言葉を知らないことが恥ずかしかったので、ごまかしたのですが、家に帰って親に聞きました。それ以来ローマ字で書けるようになりましたが、よく覚えています。
僕がしゃべる日本語は、大半がいつ覚えたのか覚えていない言葉ですが、それは覚えたというよりは別の感覚な気がします。身に沁みこんでいるというか、不思議な感覚です。
木を見れば見た瞬間に「木」だと思うし、外に出て寒ければ気温を感じた瞬間に「寒い」と思うし、体の感覚や情報とが言葉と直結している感じです。
まず記憶した記憶がないというのが面白いですね。
ダンスの技術も早く記憶した記憶を無くしたいです。